ミャンマー通信

2018.10.17更新

みなさんミンガラパー!
ミャンマー通信第2号をお届けします!


秋晴れというか季節外れの真夏の日差しに迎えられ、ミャンマーからのお客様は、10月1日台風24号の合間を縫って定刻通り成田に到着しました。(6:30AM)そのまま、飯能においでいただき、我々と一緒に(木川・原田)霞が関の経済産業省(経産省)へ向かいました。そこでは、今回の事業「ミャンマーにおけるリハビリテーション医療推進拠点設立事業」の進捗状況の報告も兼ねた表敬訪問が行われ、テーブルを挟んで、経産省・MEJ(Medical Excellence Japan)のスタッフと我々(キンモンルイン、チョウゾウ=マンダレー医科大学、ミャットツ=ヤンゴン医科大学、ススさん=通訳、木川、原田)6人とで有意義なディスカッションが執り行われました。詳細は割愛しますが、ミャンマー大学病院要人および我々はできるだけ引き続いての事業の継続につき陳情、先方からは近未来の国家事業への移行を促進されるよう、といったご指摘をいただきました。
2-1
御一行はその後帰飯(※1)し投宿。
長旅の疲れと省庁訪問といった緊張から解放され、泥のように眠った…とのことでした。

翌2日午後、御一行は日の丸とミャンマー国旗がはためく我々飯能靖和病院を訪れました!
2-2
午前中は疲れを取るべくホテル(飯能ヘリテイジ)でのんびりしているものと思いきや、巾着田(※2)の曼珠沙華と高麗神社(※3)へ出かけたとのことで、パワーはまだ余っている、の感でした。残念ながら、前の日の台風で曼珠沙華は跡形もなく吹き飛び、そばを流れる高麗川の水面だけ見てきたそうです。御一行は昼礼にてご挨拶をいただいた後、
2-3

院内を見学、3時間以上じっくりと病棟、外来、リハ施設、畑(※4)などを熱心に見て回りました。
特に最近導入したロボットリハビリ「WelWalk」でのリハビリの実際や、AR2,経頭蓋磁気刺激など当院のリハレベルの高さ、スタッフの多さなどに感心しておられました。
2-42-5
使用言語は英語及び通訳のススさん(※5)を介しての日本語・ミャンマー語で、まったく問題なくやりとりが可能でした。
夜、飯能市内で一席設け、飯能2日目の晩を堪能していただきました。
2-6

10月3日から2日間は埼玉医科大学国際医療センターリハビリ科を訪問、センターでのリハビリをつぶさに見て回りました。
主にリハ科高橋教授(※6)がアテンドし、最新式の設備や機器などの解説をいただき、ミャンマー国との違い、特にリハスタッフの種類(※7)数の多さなどが際立っているとの感想でした。
御一行はすべての見学研修を終えたのち、ちょっと北海道へ足を伸ばし、10月7日無事帰国の途につきました。


(※1) 個人(原田)の勝手な造語:飯能にくる=来飯 飯能に帰る=帰飯など
(※2) 日高市内を流れる高麗川の河原で、この時期曼珠沙華渋滞もめずらしくない
(※3) 建郡2000年を超え初詣でもにぎわう。春は枝垂桜がきれい
(※4) 当院看護師の加藤家の畑を使って耕したり、種をまいたり主に作業療法の一助としている
(※5) かつて南山大学に学んだ才女で日本語・英語・ミャンマー語の読み書きに精通、今では日本語独特の表現(猫の額ほど、らちが開かない、大目に見る、など)も自由に使いこなす
(※6) 埼玉医科大学交際医療センターリハビリ科教授。小樽出身の飯能通
(※7) 日本では普通だが、ミャンマーでは国家資格としてのセラピストはなく、さらに作業療法士や言語聴覚療法士はそもそも一般的でない。近年少しずつ誕生する動きはあるが・・・

以上文責 院長 原田 俊一

投稿者: 医療法人靖和会 飯能靖和病院

2018.10.03更新

初めに

ミンガラパー、みなさんこんにちは!
病院長の原田です。

このたび、われわれ飯能靖和病院は、埼玉医科大学国際医療センターとコラボして、経済産業省(経産省)関連法人MEJ(Medical Excellence Japan)への事業申請が採択されたことにより、ミャンマー(旧英領ビルマ以下=ミ国)においてリハビリテーションの拠点を設立するというヘルスケア事業を展開する運びとなりました。

事業計画のあらましは以下の通りです。

簡潔に申しますと

(1) ミ国のヤンゴン(旧ラングーン)、マンダレー2都市にある医科大学病院近辺にリハビリテーショントレーニングセンターを設立(最終ゴール)
(2) そのために、ミ国におけるリハビリテーション(以下リハ)の現状、特に需要と現況を調査する
(3) リハ機器充足状況などのハード部門および人的資源育成状況などのソフト部門の現況を調査する
(4) 双方向性の人的交流、つまりミ国での啓発セミナー、研修指導の実施やミ国からの研修生を招聘し、弊院および埼玉医科大学国際医療センターでの研修を行う
(5) 上記に関する進捗状況をその都度MEJに報告する

おおよそ以上のようになります。

さて、なぜ今ミャンマーなのでしょう?みなさん疑問に思われるでしょう。
実は数年前から木川理事長と私は、共通の師匠である藤田保健衛生大学名誉院長・神野哲夫先生(※2)が理事長を務めておられた国際医療連携機構(JIMCO)のメンバーとして国際医療貢献・支援事業を展開してまいりました。ミ国の脳外科医たちとも親交があり、そんなお付き合いの流れの中で、このたび私が弊院に赴任したのを機に日本式リハをミ国に事業展開することでお役にたてれば、と事業計画をMEJに応募したところ、採択されて今に至ったということです。MEJ の期するところは、日本式事業のOUTBOUNDS(輸出)なので、単にボランティアではなくビジネスモデルとして成り立つのか?を問うてますので、本案件でもこと細かい調査報告が求められております、という点を付記します。


第1回訪緬

さて、ここまでがいわばプロローグです。
今号では第1回訪緬(漢字でミ国を緬甸と表記しますのでミ国を訪れることを訪緬と表します)についてその様子をご報告いたします。2018年7月29日は台風12号の影響で日本列島は悪天候に見舞われました。そんな中、我々訪緬メンバーは成田に集結しました。

1
成田発ヤンゴン行ANA813便は3時間の遅れで出発、7時間後にヤンゴン国際空港に着陸しました。
日本とミ国には2時間半の時差があります。

7/30にマンダレーに移動、マンダレー医科大学のKhin Maung Lwin学長を表敬訪問、われわれとの間で今後の双方向性のやり取りについて合意しました。
その後大学病院のリハ施設を訪問、実際のリハビリの現場について取材しました。2

3

取材終了後、時間があったので夕方マンダレーヒル中腹にある寺院を訪れました。

今回、メンバーは靖和病院のオリジナルTシャツを作成、その写真です(※3)。
4
寺院は見晴らしと風通しの良い絶好のロケーションでした!

翌7月31日、マンダレー医科大学のリハスタッフとミーティング。その風景です。
56
弊院のビデオ、国際医療センターのビデオなど、を使って互いの情報交換をしているところです。
夕刻ヤンゴンへ戻ります。


8月1日、今度はヤンゴン第1医科大学表敬訪問、情報交換です。
78
ここでミ国リハビリの重鎮Khin Myo Hla教授のミ国におけるリハビリの現状について貴重なご講演をいただき、
9
合わせてヤンゴン医科大学リハの施設見学、インタビューを行いました。
10
11
ここで、Khin教授より11月に行われる国際学会において、高橋教授と私がシンポジウムでの招待講演を依頼されましたので、快諾いたしました。Khin教授が主催するビッグイベントです。

駆け足の6日間でしたが、次回以降につなぐ収穫を得ることができたことをご報告いたします。
chizu

今後の予定は以下の通りです。

2018年10月 飯能靖和病院・国際医療センタースタッフ訪緬(現地調査)、ミャンマー医師団訪日、来院
2018年11月 ミャンマーリハカンファレンス招待講演(高橋教授・原田)11/10(ヤンゴン)
2018年12月 ミャンマー医師研修:2019年1月まで国際医療センター、ミャンマーセミナー開催:12/4(マンダレー)



(※1) ミンガラパー ミャンマー語で「こんにちは」
(※2) 1940年三重県生まれ アジア脳外科コングレス名誉理事長。世界脳神経外科学会終身名誉会長他。あまたの功績により2016年今上天皇に拝謁・下賜さる。
(※3) 今回作成したオリジナルTシャツは理学療法士福原がデザイン。弊院のロゴつつじを左腕に、病院名を背中にプリントした。ミ国の国旗の色を基調にあしらった。

第1回訪緬メンバー(敬称略・五十音順)
飯能靖和病院:加川智弘 西尾大祐 原田俊一 福原直哉 藤木千夏
埼玉医科大学国際医療センター:高橋秀寿

以上文責 飯能靖和病院長 原田俊一 

投稿者: 医療法人靖和会 飯能靖和病院

  • バスでお越しの方へ時刻表はこちら
  • 医療法人靖和会飯能靖和病院公式Facebookページはこちら
  • お問い合わせはこちら