フルマラソンを走った気分になれるかもしれないコラム
フルマラソン当日を言葉にしてみた
マラソンランナー達の朝は早い。
朝6時起床。これでもスタート時刻が遅い大会である。ホテルの朝食会場には炭水化物モリモリのジャージ姿の人が数人。会場までの電車は同じ場所を目指すであろう人で満員に近い状態になる。駅からは行列にゆっくりと流されながら歩く。会場に着くとすでに準備万端な人もいれば、日陰でストレッチする人、トイレに並ぶ人等、それぞれだ。会場についたらまず通行の邪魔にならないところに荷物をおろし、装備を身に着ける。ゼッケン、補給ジェル、スマホ等を再度確認。シューズを履きかえ手荷物預かり所へ向かう。預けたらゴールするまで回収できないのでやや緊張する場面だ。預け終わったらいよいよアップやストレッチ、トイレを済ませる。会場には仮設トイレがこれでもかと投入されているが、30分前でも列には大勢並んでいる。直前になればもっと増えるのでスタートに間に合わない人もいるだろう。準備ができたらスタートブロックへ向かう。スタートブロックとは、エントリー時に申請した目標タイムや自己ベスト等を参考に振り分けられたスタート位置のことで、速い人ほど前のブロックからスタートできる。今大会は4ブロックに分かれ、同じブロック内において前列は早い者勝ち。今回は並ぶのが遅くなってしまった。第2ブロックの前から4分の3くらいの位置。今大会は5分毎に1ブロックずつ出発する方式だ。15分ほど集団の中で待機する。今日は立っているだけで汗が垂れてくる。スタート時刻になった。先頭ブロックが出発し、第2ブロックがスタート位置に歩き出す。タンタンと足の感触を確かめる音、パチパチと筋肉を刺激する音、いろんな音が聞こえながら集中と緊張感が高まっていく。コースレイアウトを思い出し、レースプランを確認。あちこちでウォッチのGPS捕捉音がピーピーと鳴る。そろそろだ。3、2、1、スタート!

といってもゲートまで50mくらいは徒歩。前には何百人とランナーが渋滞しているのだ。ゲートをくぐり、計測器がピーとなる。さぁスタートだ。マラソンがはじまった。最初は人が密集するため追い越しをするには細い隙間をすり抜けないといけない。「前半は抑えろ」と言い聞かせながら一定の出力を保つ。密集しているせいでエイド(補給所)の水やスポーツドリンクをスムーズに受け取れない。特にこの日は気温が高く、バーゲンセールみたいになっている。どれくらい飲んでおくか、トイレも気になるが脱水も気になる。まだまだ始まったばかり。
ようやく10㎞。まだ密集は続く。ちらほらと歩いている人やあきらめて帰る人が見える。今回はタイムが出ないからと潔く帰る人たちをちょっとカッコイイと思う。足に異常はない。余計な負荷をかけないように、それだけを考える。まだ景色を楽しむ余裕がある。下り坂が始まると同時にこのあと上る坂が見える。上りはやっぱり苦しい。早く終わってくれと思いながら走る。
20㎞。集団がまばらになってくる。ここまでくると自由に走行ラインを選べるので、誰かの後ろで風を避け、日陰を通る。少しでも無駄は減らしたい。中間点にはプラカードを持ったおじさんがいた。そこには「自己ベスト出したら広瀬〇ずがキスしてくれるってよ!」と書いてあって笑えた。信じよう。しかしこの辺りで足に違和感が出始める。右腿の張り、左膝の痛みが出始め、ちょっと早いぞと焦りはじめる。25km付近のエイド。いいタイミングでエイド内にエアーサロンパスを発見。両足に吹き付けリスタート。これでしばらくは大丈夫。

と、思ったのも束の間。30kmを前に左膝の痛みが悪化。右足に加重を逃がす。ここまでくると道の両端は歩く人、中央は走る人という流れができている。景色を見る余裕は無くなった。見ているのは前の人の背中。この人から離れないようにと必死に耐える。残りは10㎞ちょっと。1㎞6分のペースで耐えきればサブ4(4時間以内にゴール)に届くと計算。あと1時間10分耐えればいいだけだ。歩いたら今までの頑張りがすべて無駄になる。結果を出せなきゃ意味が無いと思いながら耐える。突然、すぐ近くで人が倒れて我に返る。気温が高かったせいもあり意識が飛んでしまったのだろう。痛みを感じている間は大丈夫だ。
35km。走り切れそうだと希望が湧いてくる。足は痛いし補給も尽きた。でも走れると思うのは、30km手前から痛みが変わっていない、痛いだけで動かないわけではない、つまり大丈夫!という理屈だ。しかし、37km辺りから右腿がピクピクと攣り始める。時々力が入らない。誤魔化しながら走ってきたが、いよいよ1㎞6分を守れなくなってしまった。道端には動けなくなって救助を待つ人、倒れたのかケガをしている人、空を仰ぐ人。みんなそれぞれ目標を立てて練習してきた人たちだ。歩いている人たちもサブ4にはもう間に合わないだろう。前回の自分はここで歩いて間に合わなかったうちの一人だ。ゴールしたのに喜べなかった事を思い出す。心が折れたら試合終了だ。「自分を信じない奴なんかに努力する価値はない」という漫画のセリフが何度も頭に響く。ありがとうガイ先生。今度はやってやる。何度「残りの距離×6分」を計算したかわからない。10分近くあったはずの貯金(時間)が減っていく。ペースの低下と共に不安が大きくなっていく。
ついに40km。右足が攣ったのか曲がらなくなる。あと10分。一生のうちのたったの10分だ。ここまで耐えてきた。サブ4で帰るのとそうでないのとでは全然違う。頼むから最後までもってくれ。「なかやまき〇に君」の写真に「パワー!」と書いたボードを見せつけてくる人たちがいる。パワーが湧いてきた。変な走り方だろうが構わず走る。ゴールまであと1km。コースの両サイドが応援の人たちで埋まっている。赤の他人なのにみんな応援してくれる。ゴールを前にしてみんなのペースが上がり、置いて行かれて不安になる。計算間違えた?ギリギリなのか?いや間に合うはず。ゴールゲートが見えた。遠いがゲートにタイムが表示されている。タイムが見えて安心するとともに視界が滲む。痛みを忘れるという事はなかったがなんとかゴール。間に合った。

グラウンドではゴールした人たちが満足そうに寝転んでいる。でもここはグラウンド。泥だらけになりそうなのでそのまま通り抜ける。誘導に従ってゆっくり歩きながら参加賞や補給をもらう。今回の補給はポカリとバナナだった。おいしい。荷物を受け取りに行くのも一苦労だ。荷物を受け取り朝と同じ場所で着替える。ウェアは汗の塩で白くなり、肌はザラザラと粉を吹いていた。着替えを済ませ、帰路につく。歩くことがこんなに幸せだったとは。もう歩いていいんだと感動する。電車ではぼんやりとサブ3.5(3時間30分以内)の事を考えていた。
そして、やっぱり明日休み取ればよかった…と思った。

筆者:システム担当 HK
鉄道乗務員からシステムエンジニアになった。ロータリーエンジンの愛車と生きる。
自転車競技もやる。

